Endo Method の教育方式

Endo Method とは次の表に記載の教材と勉強時間を費やして、英語の言語係数を 0.3 にまで上げる方法です。

英文文字から脱却して、英語音声だけで頭を洗脳する方式です。


教材だけの独習の欠点を効果的に補うために
「インターネットによる個人指導」を徹底的に実施しているので大きな力が急速につくのです。


言語係数 0.3 とは教養あるアメリカ人の大人の言語係数を 1.0 とした場合、
その 30% の実力ということですが、これは初級・中級程度の英・日通訳の程度なのです。 

次に言語係数についてもっと詳しく説明させていただきましょう。


言語係数とは
私(遠藤尚雄)のように、4年間も駐留軍で通訳生活をし(1949〜1953)、始終英語に囲まれているような生活をしていれば、英語で話したり聞いたりすることは、この段階で、もうアメリカ人並みになっただろうと思う人がいるかも知れません。 実は私もそう考えていたのでした。
ところが予想外なことに、私の英語はある程度までいくと、それ以上には伸びなくなってしまったのです。 突然何か思いがけない厚い壁にぶつかったように感じたのです。 その頃のことを振り返ってみると、映画によっては一度見ただけでは完全に話の筋が追えないことがありました。 話が複雑だったり、会話の内容が難しかったりすると、どうしても話についていけなかったのです。そして判らないからといって、いくら繰り返して同じ映画を見ても、少しはわかるようになるが、それ以上に判るようにはならなかったのです。 こんなに努力しているのに……。 自分には英語をマスターする能力や才覚がないのかと、がっかりしたり悩んだりしたものでした。
もしかしたら、この本を読んでいる人の中にも、今の自分が、まさにそうだ、と思い当たる人がいるかも知れません。 もし、そういう人がいたら、ぜひとも教えてあげたい。 がっかりしなくてもよいことを。 決して貴方の能力が足りないのではないことを。 これは完璧な英会話力をめざす全ての日本人が通らねばならない大きな「関所」なのです。 この頭打ちの英会話レベルを私は言語計数0.3と言っているのです。

私はその後、いろいろな経験を積むうちに、やっとわかったのですが、こういう時期は英語習得の過程においては誰でも経験することだったのです。 その時期が私にも訪れただけのことだったのです。 あれほど悩んだりがっかりしたりする必要はなかったのです。 しかし当時はそのことがわからなかった。そのことを教えてくれるような人も周りに誰もいなかった。
どういうことか少し詳しく説明しましよう。 英語を習得しようとするとき、初めのうちは勉強すれば、ある程度までは順調に伸びるものです。 けれどもある程度までいくと、そこから先がなかなか伸びない。 いわゆるスランプの状態に陥るのです。
ここでいう「ある程度」というのは、多少個人差はあるかもしれないが、平均的にいうと、たとえば買い物をしたり、レストランで食事を注文したり、友達と自分の家族について説明したり、ありきたりの世間話などができる程度でです。 しかし複雑で高度な内容になるとお手上げになってしまう。 たとえば仕事の話、趣味の話、また最近読んだ本の話など、もっと深く掘り下げて語りたい。 しかしそれが英語で語れない。 そういう程度の英語の力をさしています。 私はこのくらいのレベルの英語力を「言語係数0.3」と表現しているのです。

次の効率的英語勉強法曲線の が言語計数 0.3 の英会話レベルなのです。




普通の日本人はこの「実用英語」を身につけようと、あれこれと勉強しているが一生かかってもそれができていません。この情けない状態が上図の水色の領域(普通の勉強)で表されます。大きく力がついたと自分で気付けるような進歩がないので、今やっている勉強法に自信がなく、途中で挫折してしまいます。挫折してしまうから余計に進まないのです。 また思い直して勉強を始めても、またもや、自信を失って挫折してしまいます。これの繰り返しでは一生かかっても仕事で役立つほどの高い英語レベルになれるわけがありません。効率的勉強法を採用して5年程度で「役立つ英語レベル」にまで力をつけ、そのあと何十年と英語を役立てないと勉強する意味がありません。(「効率的勉強」曲線とその曲線の下に囲まれる黄色い領域と水色の領域の面積の和が享受できるメリットの量を表示)このように、やってもやっても途中で挫折する英語。それは、正しい英語学習方法に出会っていないからです。 この解決法を提供するのがEndo Method で、この方式なら360時間(毎日2時間で半年)で言語係数0.3を達成し、そのあと3,500時間(毎日2時間で5年)で言語係数1.0が達成できるのです。


 「言語係数 (Language Coefficient)」というのは何か。 これは、私が提唱している言語能力を測る指標で、我々の「日本語言語係数」は誰も 1.0 です。即ち、日本語と言う母国語を媒体として、自分の頭を動かしている範囲のことを全部伝えられ、また相手の言うことが一度聞いただけで全部わかる状態です。 もし同じ程度に自由に英語を駆使出きれば、英語の言語係数も 1.0 と言うことになります。 それに対して英語言語係数0.3というのは、3割しか伝えられないし、また3割しか理解できない状態をさしています。 英語言語係数が0.3でも、相手に言っていることを何度も繰り返してもらったりすれば7割くらいは理解できるでしょう。 しかし一度では大体3割くらいしかわからない。 言語係数0.3といっても厳密な区分けではないので、数字にあまりこだわる必要はないが、私も英語力が頭打ちになった状態のときは、おそらく言語係数0.3くらいだったでしょう。
 言語係数という考え方は、日本人が日本にいて日本語でしゃべっている分には切実感を伴いませんが、海外に住んで日本語が通じないところで生活してみると、そうはいきません。
たとえばある人の仕事の実力が100だとしましょう。 日本で暮らして日本語を使えれば、その人の日本語の言語係数は1ですから、仕事の実力は
100×1=100となります。 即ち、日本社会では全ての日本人の日本語言語係数は 1ですから、1と言う係数はどのような数字にかけても、元の数字は変わらないので、そもそも言語係数を意識する必要がないのです。 しかし、英語社会に漬かった場合を考えると、100の実力があっても、英語の言語係数が0.3なら、100×0.3=30 の評価しか周囲からしてもらえないことになってしまいます。 つまり、その人は言葉が障壁になって自分の考えを30%しか相手に伝えることができないし、相手の考えも30%しか理解できません。 これではその人はその社会で一人前の扱いを受けることは難しいのです。(註:聴ける言語係数としゃべれる言語係数は厳密には同じではないのです。
通常しゃべれる係数の方が聴ける係数よりも小さいのです。)

 自分は異国人だし、言葉ができなければ相手はその分斟酌して、こちらの力を評価してくれるだろうなどと思ったら、大間違いです。 特に異なる国の人たちが集まってできたアメリカでは、言葉を尽くして自分をわかってもらうというのが社会生活の基本です。 だから、それが上手にできない者は無能力だと思われてしまうのです。 短い間だけ滞在する観光客なら、言葉がわからなくても問題ないが、そこにとどまって相手と対等に仕事をしたいと思うなら、言語係数は1まで引き上げておかなければならないのです。 誰だって、何を言っているかよくわからない人を相手に仕事をしたいとは思わないからです。
 このことは、実は私自身が実際に知ったことなのです。 ファナックがアメリカと共に現地会社をつくったとき、日本では優秀な評価を得ている技術者をそこに送ったことがありました。 ところが彼は自分の専門分野の技術に関してはすぐれていたにもかかわらず、惜しむらくは英語があまり上手ではなかったのです。 そのことが致命傷になったのです。 アメリカに赴任して、向こうの人たちと一緒に仕事をしても、言葉ができないために周りの人間関係もギクシャクしてしまい、仕事の能力についても低い評価しか得ることができなかったのです。
 私は彼の実力を知っているだけに、そばで見ていて歯がゆい思いをしたものでした。 言葉さえできれば、彼ほどの実力なら、もっと専門分野での力を発揮できたのにと残念でならなかったのです。
 商社などの駐在員で海外生活数年という人でも、言語係数0.3くらいのレベルにとどまっている人は案外多いのです。 海外滞在をすると、たいていの人は最初の1年から3年くらいの間に英会話の力は急速に伸びます。 だから同じ上昇カーブを描いてどんどん上手になるだろうと思いがちだが、そうとばかりはいえないのです。 言語係数0・3あたりで頭打ちになって、なかなかそれ以上にはいかなくなるケースも決して少なくないのです。
 私がいたファナックで、5年から15年の海外勤務をした従業員19名について英会話の実力を実地に調べたことがありますが、その結果も、やはりこれまで述べてきたことと同じようなものだったのです。 つまり、ほとんどの人が初めの1年から3年くらいの間に飛躍的に英会話の力が伸びたが、そこで止まってしまい、その後は何年たっても横ばい状態で、それ以上に伸びなかったのです。 そして止まったときの力は、やや乱暴にまとめると言語係数0.3あたりで、中にはそれ以下という人も少なからずいたのです。